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決断の時

ある朝、その日は太陽が私を誘ってきた。私は、いつものようにまだ寝ているジェイソンをそのままにして、子供たち3人を連れて、丸一日遊びつくそうと決めた。遠くのアスレチックに連れていき、クタクタになるまで遊び、私が好きなアジアン雑貨のお店で買い物し、夕日を見ながら海岸線をドライブした。

このままどこかに行っちゃおうよ。

誰かかが言った。

おうちに帰りたくないな。

また誰かが言った。

このまま4人でどこかに行っちゃいたいね。

またまた誰かが言った。

その言葉を聞いていたら、私は不思議に涙が出てきた。こんなことを思わせている自分が、母親失格だなと。毎日、両親がいがみ合っていれば、子供たちがこんな風に思うのは当たり前だ。でも、実際に子供たちの口から言葉として聞くと、それは私の胸に突き刺さった。どう答えていいのか私は考えたが、

どこかに行っちゃいたいね。

私の口からは、本音が出ていた。どこかに行けるわけでもなく、帰る家はあそこしかない。それも全部わかっていてもそう答えていた。そして、決断したのだ。

“”別れよう”

それは、初めて沸いた感情だった。子供のためではない。私自身のためだ。もちろん、ジェイソンのためでもあった。今のままでは、家族みんながダメで苦しくてつらい。私は、子供のために我慢して、今の現状のままでいることは違うと思った。それは、子供のためでもあるが、子供のせいにしているようにも思えた。子供がいるから仕方なく、父親としての夫と共にいる…それは、間違っていると考えた。幸い、私には手に職があり、自立できる。苦しいかもしれないが、それでも今よりはましだと思えた。

家には、いつか市役所でもらっておいた離婚届があった。私の欄にはサインがしてあり、あとはジェイソンがサインするだけになっていた。これは、私がお守りとして準備していたものだった。実際に離婚するつもりはなかったが、これを準備しておくことで、大概のことは乗り切れた。しかし、いよいよこれを発動する時が来たのだった。


その頃、私たちは、別々の寝室で寝ていた。それは、生活リズムが全く私たちにとっては必須なことだった。私はだらしないジェイソンを目にすることがなく済むし、ジェイソン自身は、私に気兼ねなくだらしない生活をし、朝起きることなくいつまでも寝ていられる。それが利点だった。私とジェイソンは、家庭内別居だったわけだ。

世の中には、家庭内別居の夫婦は少なくないと思う。寝室が別の夫婦も多いだろう。つまりはセックスレスで、夫婦がただの一つ屋根の下の同居人になっている夫婦だ。言葉を交わすこともなく、食事時間も別で一日を過ごす、これが普通という家族もいるだろう。でも、私たち家族にとってそれは非常事態であり、夫婦の危機なのだった。私とジェイソンは特に、二人とも個人が強い。それは、同じ方向に行くときは多大なパワーを発揮する。結婚の時がそうだった。しかし、ぶつかり合うとき、破壊的且つ破滅的だ。どちらかが同調することはない。お互いを傷つけ、どちらかが抑えつけ、どちらかがひれ伏す…的な、構造が成り立っているようだった。

私たちは、結婚式を挙げていない。入籍したその日から生活が始まった。それは、長男がいたこともあるが、何となくいつか挙げるだろうという中で、時間だけが過ぎ子供が生まれ、それどころではなくなったからかもしれない。

結婚式は、最初の結婚の時に挙げたのだが、その時はただのセレモニーに過ぎなかった。しかし、結婚式は誓約をする儀式だということに、年齢を重ね、二度目の結婚をして気づいた。そして私とジェイソンはその誓約をせずに日常生活をスタートしてしまったのだった。

”汝、病めるときも健やかなるときも、これを敬い、これを信じ、自分自身のように、愛しぬくことを誓いますか?”

健やかな時、つまり、幸せな時は愛せる、これは当然だ。しかし、病めるとき、つまり、苦しい時にも相手を敬って愛しぬけるか?と、神様の前で問われ、列席している人たちが証人となる式、それが結婚式である。

これをその時の私たちに当てはめると、答えは当然”NO"である。冗談じゃねえよ、という答えになる。まして、私は、その時、自分自身を愛することに対しても”NO"だったのである。従って、”自分自身のように、愛しぬくこと”とは何ぞや?と、理解できなかったし、しようともしていなかった。

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