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重度障害者と私(2)

私が今施設で勤務を始めて、医療的な側面からの支援を求められるようになった。看護師が来たわけだから当然だろう。

そんな中、施設に通所していた子が、朝、布団の中で突然死した、と連絡があった。彼は、発作を持っており、発作の間は呼吸が止まる。チアノーゼと呼ばれる真紫の唇や顔面、そのうち、失神するという流れだった。布団の中で見つかった彼は、唇を噛み締めており、そこからの出血が見られていたという。流血した血液による窒息死との見方が強かった。彼の母親は、半狂乱で施設へ電話をかけてきた。その後、施設職員が自宅を訪ね、彼の突然死が判明したのである。

彼は、凶暴性もあったが、普段は大人しくどこかおびえていた。言葉を持たない彼は、自分の意思を表現するために、時折、激しい行動に出たのである。それは、母にも止められず、母自身もおびえていたように思う。しかし、今回、このような形で最期を突然迎えた彼に対して、母はどのような気持であったのだろうか。

彼は、いわゆる先天性の障害ではなかった。中学生までは、健常者として過ごしていた。しかし、ある病気になり、高次脳機能障害として障害者となったのだ。この病気は、肝臓への病変もあり、彼の腹部には、大きな傷があった。

彼の死をきっかけに、実は穏やかな施設に通所していた子たちが、何人か亡くなっていったのを見てきた。彼ら彼女らは、言葉を持たないことが多いため、自分の体調の不調を訴えることが不可能である。そして、それは突然にやってきてしまうのである。何かが変だ、という兆候のないまま、死を迎えるケースが多かった。その子たちすべてが、施設内で亡くなったのではない。自宅や入院先で亡くなっている。悲しかった。私は、彼女彼らからギフトしてもらった多くの事を抱きしめて、彼女彼らの事を思った。


しかし、ある時から、この子たちの死は、悲劇的なことだけじゃなく、多くの幸せを私たちに与えていることに気づいた。それは、来年度から施設へ通所するはずだった子が亡くなった時のことだった。私のお中には、四男がいた。

その子の母は、大事に大事にその子を育て、誰よりもその子のことを理解していた。それは、いくら医療従事者でも理解できないほどに、彼女を愛すが故の理解だった。

そして、その子の死を母は、やり切った感のある清々しい顔で受け止めていた。生き切った娘を誇りに思っている母の顔だった。

病院内で生活することと違って、自宅で生活することは、様々なリスクももちろんある。清潔不潔の観点や、衛生材料、そういったものの価値観を変えなければ、なかなか医療的ケアが入っている子供を自宅で見ていくことは難しい。なぜなら、自宅は不潔な場所であるからだ。しかし、それが自宅であり、自宅でしか味わえない景色や空気感、匂いといった様々な五感を刺激するものがそこには存在している。そのことが、ケアが必要な子供が家に帰る意義だと思うのだ。

重度障害があっても、病気ではない。

医療的ケアが必要でも、病人ではない。


また、逆に、障害のある娘より先に、母が亡くなったケースもあった。その母は、太陽のようにいつも明るかった。私に対しても、同じ母として子育ての話をよくしてくれた。その娘は、知的障害はなく、母の死も理解しており、不自由な体で涙にくれていた。私は、彼女を抱きしめた。それは、同情でも慰めでもない、1つの命の終わりを共有するためのハグだった。


神様は、どんな命も全て祝福されている。その祝福の中で私たちは輝き生きている。





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