Matthias culmination

2泊3日ファスティング合宿のおしらせ

 

宿泊先*静岡県沼津市内浦久料

廻廻-KAIE-

沼津のフレッシュジュースのお店

『MATAHARI』とのコラボで実現した、

酵素ジュース、コンブチャ、コールドプレスジュース

のみで過ごす3日間です。

お供の水は、<ガイアの水135>

お供のデトックスティーは、<ケツメイシ>

<3大お土産特典付き!!>

その①自分で作った酵素ジュースお持ち帰り

その②ガイアの水135ライトボトル(10,520円相当)プレゼント

その③vaginaケアクリームプレゼント

子連れOK

​友達同士割引あり

現役看護師であるV.Matthias project主催kyaraによる

​全く新しいファスティングプログラムです

このファスティング合宿の目的は、体重減少や、体脂肪率減少でも、デトックスでもありません。

もちろんそれもあるかもしれないけれど、それはおまけの効果です。

最大の目的は、

食欲に蓋をして、性欲を増強させること!!

とことん真面目にこれでもかってぐらいに、

vaginaの事、sexの事、

愛の事を追求するプログラムです

お母さんでも、仕事してても、眼が回るように忙しくても、貴方はオンナです

ホンモノのオンナになった最高の自分自身に出会う

これが、Matthias culminatin

​最大のミッションです!!!

この合宿に参加することで、

貴方のvaginaが開かれ、体の中の凝り固まった、

ガチガチの思い込みをぶち壊して

流して通りをよくしましょう!!!

3日間で貴方の中のオンナに、火をつけます

めくるめく濃い内容については、

次のページでご紹介いたします。

​​

  • kyara

逃れられない現実

ある日、父から電話がかかってきた。

ここのところ調子が悪く、食べれない。コールタールみたいな黒いものを吐く。病院に連れて行って欲しい。

看護師の嫌な予感。胃が詰まってるんじゃないか?それも、何か腫瘍ができているのじゃないだろうか?

父は、近くの何でも診るコンビニ病院でいいと言い、とりあえずそこへ連れて行った。診断は風邪。父が、鼻水も出ると言った言葉に対して付けた診断だったのだろう。吐気止めももらってきたが、症状は改善するわけもなかった。

3日後、父を連れて、胃腸科へ行った。この病院は、有床診療所という、19床以下のベット数を有する診療所だ。しかし、ここでは、毎週のように手術が行われ、いわゆる大きな病院でやっている事をもっとコンパクトにして、そのまま行うというスタイルだった。

この病院の噂は、私が勤務していた病院でも有名で、内視鏡が上手く、寝ている間に終わるという事も聞いていた。要するにセデーションを行う病院であるということだ。

セデーションとは、麻酔ではなく、薬を使って意識を意図的に落とし、苦痛を感じさせなくさせる治療のことである。これを導入している病院は当時、珍しかったのでかなりの知名度を持っていた。

初診で、明日、胃カメラをしましょう。場合によっては入院で治療が必要です、と医師から説明を受けた。今まで特に大きい病気をしてこなかった父にとって、それは、人生初めての出来事となった。

翌日、胃カメラで、胃の出口に腫瘍ができていて通りが悪くなっているための、嘔吐であると説明された。外科的な処置が必要であるという診断だった。組織検査の結果は待つが、早く治療に専念するために、明日入院をし、他の検査も行い、早ければ、来週、手術です、という説明だった。

こうして父の闘病生活が始まったのである。まもなく、組織検査の結果が出た。胃がん、ステージ3、リンパ節への転移が認められた。早急に手術が必要な状態であった。医師は、父と私たち家族に対し、こう説明した。

「あなたの体を任せられる医者を選択してください。体にメスを入れるということは、命を預けるということです。信頼関係なくして、それはあり得ないことです。皆さんでよく話し合われて、答えを出してください。ここの病院は規模は小さいですが、大きい病院に劣らない技術を提供できます。そして何より、外来や病棟で勤務しているスタッフが、手術にも入ります。ずっと同じスタッフがあなたを支えていきます。」

私たちの答えは、即決だった。この医師にすべてを任せよう。揺るぎない信頼関係を築ける、と確信したからだ。体にメスを入れることに対し、命というキーワードを出すということは、お互いに覚悟をするということである。

その晩、眠剤を持たしてくれて、家族の時間を持ってください、という意思の計らいで、父は一時外泊をした。その晩、父と母、私と妹と弟、そして私の長男で、リビングで雑魚寝をしながら、これから始まる闘病生活や、今までの思い出話などに花を咲かせた。私だけは、もしかしたら、父を失うのかもしれないという現実を噛み締めていた。

翌日、病院へ戻った父は、心肺機能検査や大腸検査、歯医者まで様々な検査を行い、手術へ臨んだ。

手術中、家族で無事を祈り、好転することを期待した。しかし、手術後の医師の説明は、厳しいものだった。リンパ節転移があり、取り切れていないこと、今後は再発の可能性があること。これからは、やりたいことをして、残りの人生を楽しめるようにサポートしていってください・・・そんなようなことを言われた。私は、やっぱりそうだったのか、という思いで聞いていた。しかし、母は、状況がうまく呑み込めていなった。実際に摘出した意を見せられながらの説明だったのだが、母は、その臓器が父の体から切り取られたこと自体で、がんがなくなったと判断したのかもしれない。この術後の説明は、私と母だけが聞いた。医師が去ったあと、え?どういうこと?と、母が私に聞いてきたので、取り切れなかった事実をわかりやすく説明した。でも、今、現実に、手術が成功した事実だけが母の耳に入っているようだった。

ICUで再会した父に、

「うまくいったのか?取りきれた?」と聞かれたが、私は本当のことを告げられなかった。

「うん、大丈夫だよ、お疲れ様」としか、答えられなかった。

手術が終わって外に出ると、もう夜で、星がきれいだった。悲しいぐらいにきれいだった。私は、これから起こるであろう出来事に対し、腹をくくり、私がこの家族を支えていくんだと覚悟を決めていた。

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